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<<   作成日時 : 2006/09/11 18:50   >>

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心の向き合い方

それはそんなに難しいことではありません。何でも起こる全ての事はそう、難しいことではありません。人間はその事を自ら難しくしたり、努力して獲得するのですが、実はそう難しいことではありません。

「悟り」ともいいましょうか・・・・物事の始まりと中身を理解してその答えが出てきた時、捉われる事も無く受け入れられた状態、開かれた状態を「悟り」だと私は考えています。

でも人間は何かにつけて「疑問」を浮かび上がらせ、自身の生き方から問題を我慢したり、抑えたり、攻撃したり、喜怒哀楽を学んでいきます。人生「喜楽」で生きられればそれほど楽しいことはありません。「怒哀」だけで疑心暗鬼に成るほうが実際は多いのが現状ではないでしょうか・・・。大好きな人にも、好きなのに疑い、争い、亀裂したりと、そうなる事も多いはず。でもそれらの感情は何も変わったことではありません。むしろ自然かも知れません。大事なのはその後、「恨み・憎しみ」に感情を変換させないこと。これをステップアップと捉えることです。
そして「自分が悪い」とそれをトラウマにしないことです。
私は結構「自分が悪いから」と常に相手を「許す」事が有ります。それは自分が抱えてる「愚」の心をどこかで償いたいと思うからでもあります。
でも、それは、違うのです。苦しみの後には喜びがあるのと同じで、苦しみも喜びも同じ数だけ用意されているものなのです。苦しみの方が向き合うことが多いために「多い」と感じるだけ。素直に嬉しいことを「喜」ぶ事が大切なのだと思います。逆にいけないことは話し合い、時にぶつかることも必要だということ、同情はやはりいけないのです。

何かにつけて否定してきました。それは「トラウマ」も関係しているかもしれません。でももうそろそろ「開放」の時が来ました。「償い」もそろそろいいではないか・・・捉われることも無く、純粋ならばそれ相応にもっと素直に向き合えばいいのだ。そう思います。

私はすぐ人を信用します。でも「信頼」はしない。私の心の闇は誰にも触れられたくない・・・そう思っているからなんです。ではその「闇」は?もうそろそろ開放してあげようと思います。慕ってくれる事や思ってくれる人が居ることをありがたいと感謝してもどこか、自分には分相応では無いと拒絶していたところがあります。褒められても嬉しいのに「まだまだ」と限界を上へ上へと・・・向上心はいいことですが、受け入れて素直に喜ぶこともしよう。そう思います。

「もうそろそろ・・・・」
この言葉はそういうメッセージだったんだな・・・。簡単なことなんです。開放してやろうと思います。
しかし向かい来る苦しみは「誰かの苦しみに匹敵する」この事は本当です。程ほどに迎え来る苦しみをリラックスして受け止め、「度量」に変換していこうと思います。

重たくなったら誰かに「話して」軽くしてみて答えを見つけてみたらいい。もっと誰かの肩を借りてみたらいい、信用できるから信頼へと変えていけばいい。簡単なことなんです。向き合い方にもっと自由な側面を見つける。そうやってみようと思います。問題はいつも簡単です。出来事はいつも当たり前の法則です。起こる事は全て偶然ではありません。生きているのではなく生かされているです。苦しいのではなく楽しいのです。苦難ではなく苦渋の選択をしたからです。
物事は難しく考えてじっくり吟味することも時には重要かも知れません。「喜楽」に生きる事はそう難しい事ではありません。

全てはあって無いのと同じ・・・・捉われるな。色即是空 空即是色。

月は丸いのだ・・・でも時に満ち欠けもする、それは人間の感情そのものだと思う。でもずっと丸い。夜だけではなく昼間もずっと空にある。それと同じ。

「智」の漢字をどうしても付けなさいっていった亡き祖父の言葉。

私にそのことを身を持って学べるようにと・・・その想いかもしれない。

大好きな人が沢山居ます。その人たちを出来る限り守りたいと思います。それはいつも変わらず心にあります。だからこそ、もう少し心の内を開放して、もっと、大きな意味での「信頼」をぶつけてみようと思います。随分遠回りしました。けれど人生はいつでもスタートです。年齢や精神年齢やそのほかの苦しみの数はそれこそ、捉われ。情けなくはないのです。

「感謝」

智の漢字が大好きになったのは「書」を始めてから。「印」を押すたびに成長してきた。と思う。それぞれの人に贈った「書」が一番の私本来の姿だった。不器用もいいところだけど、本来の姿が出せる場所が増えてきたことを素直に喜んでやろう・・・そう思いました。もうあの苦しみは「過去」の事。

                         もういいよ?

               大好きなみんな        メッセージありがとう。

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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
祖母に
「今日ケンカしても、今日のこと。明日は明日のことじゃ。」
と教えられて生きてきました。
それは相手だけでなく、自分さえも許すことからスタートです。
たかし
2006/09/13 23:41
私も、相手が悪くても自分が悪いから…とつい思ってしまう事があります。でもそうすると後で辛くなったり…。
信用する事は大事です。でも相手にも同じ事を求めてしまうと時に辛くなることも…。
誰かの結婚式のスピーチで言った事がありますが(許せる心を持ってくださいと…)
takatyan
2006/09/14 12:23
>たかしさん
 そうですね「自分さえも許す」この言葉が欲しかったのかもしれません。感謝。ずっと抑えてきましたから、そろそろ開放の時だと思います。ブログ訪問ありがとうございます。
>takatyanさん
 そうですよね?皆不器用なんでしょうね結局のところ、信じられる、信じられないの言葉に惑わされているのかもしれません。許してばかり、我慢してばかりも程ほどにしないとつぶれてしまうので(笑)今度から出来るだけ開放です!(笑)コメントありがとう!
月と
2006/09/14 14:20
へぇ〜
…takatyan。
っておいおい!俺かいっ!
オイラは今まで、何と言うか気楽に
生きてきたほうだからなー
そう深く考えたことなくって。
「喜怒哀楽」
全てがバランスよく存在すれば
いいのかな?
ささやん
2006/09/19 12:00
>ささやんさん
あら・・・takatyanさんの言葉。ささやんさんにだったの?(笑)私もざっと振り返ると気楽に気ままですよ?けれど沢山の苦労があってそれを置き去りにしてきたんですよ。「喜怒哀楽」嬉しい事の中身は苦難だと受け入れておく、この事が重要だと気づきましたよ?もちろんバランス感覚はだいじですよね?(^^)
月と
2006/09/19 12:09

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